海外派遣労働者のために(歯科の事情)

(日本歯科医師会)

海外派遣労働者の歯科保健医療の対応!

今日までの日本の発展は、資源の乏しいわが国が産業を通じて、貿易を通じて、世界に向けての活躍によって大きく羽ばたいてきたことは誰も否定できません。

今日では、時代は全く変わって極めて多種多様の日本人が非常に多く海外で活躍する時代となりました。普通の日本人が、特に、外国語も十分にできない人達まで海外で活躍する時代となってきていて、海外での活躍が特別なことではなくなっているのです。それだけに、いろいろな問題が起こってきており、健康管理の問題も1つの重要な課題となっています。この事態は日常的に国内で行われている健康管理が国の内外を問わず並行して行われることが必要となってきていると考えられます。ある日突然、海外勤務という命令が出ても、国内転勤と同じように短時日の内に勤務地へ出向くというようなことが行われてもよい状態をしっかりと日頃から整備しておくことが必要となってきているのです。現状の多くの企業は、この点、非常に安易な取り組みしかしていないと言わざるを得ないと考えています。

そこで、現状を踏まえて、これからの海外派遣労働者の歯科保健医療の在り方を、如何に進めていくべきか少々考えてみたいと思います。

「海外派遣労働者と歯科保健医療」

ここに保険同人社健康電話相談機関「海外ヘルシーダイヤル」の1989年4月1日から1994年12月末日までの6年間、世界55ヶ国から寄せられた2,766件の分析から得たものがあります。

歯や口腔に関する相談は、産婦人科11.6%、健康・医療情報12.1%、小児科11.6%、に次いで5%前後を占める比較的高いグループに歯科、皮膚科、消化器の問題が属していることが報告されています。これらの相談の内容も本人か家族か、年齢構成についても調べる必要があるけれども健康や医療に関して少なからず問題を抱えていることは確かなことのようです。

相談も、比較的滞在年数の短い0~1年、1~2年に30.2%、20.9%と集中していることもこれからの出発前の健康管理の在り方によって発生をかなり抑制できる可能性もあるし、対応についても現地での在り方を具体的に決めておく必要性のあることを物語っていると考えています。歯や口腔に関する相談でも0~1年で21.6%、1~2年26.2%、2~3年19.4%と在留初期期間に多く、相談全体としては3~4年未満で79.1%、5~6年未満で92.1%を占めています。このことはもう少し日常の健康管理や対応の指導を行っているならば相当に改善できる可能性を含んでいることを示していると言えます。

また、地域的な点についてみると歯科の領域では中南米に最も多く6.7%、東南アジアは比較的少なく4.1%でしかありません。しかし、このことはそれぞれの地域に派遣されている日本人の数によっても異なるのでこの数値だけで決めつける訳にはいかないと考えています。

「世界各国の歯科医療制度」

わが国の医療制度は世界に冠たる国民皆保険制度です。何時でも、何処でも、直ぐに、安く、医療が十分に受けられる国です。この制度に慣れ過ぎていて、いずれの国も同じと錯覚しており海外に出てこれは一寸違うぞと慌てることが少なからずあります。社会保険の制度が歯・口腔の領域に限ってみてもこれ程整備されている制度はわが国以外には全く無いことを衆知徹底させておく必要があります。

医療制度、歯科医療制度は国によってそれぞれ異なっており、保健医療関係者も医療費のレベルも支払いの方法もそれぞれ国によって異なっているので、先ず多くが自由診療制であることを知り、その上、その国の制度がどうなっているかを理解しておく必要があります。歯科医療の質を考えてみて、わが国より平均して少し高いと思われる国から、安心して受診できないような国まであります。大体、質の高いと思われる国は自由診療制の国であって、支払う金額はわが国の保険とは比較にならない高さが要求されます。当然、民間保険に加入しておくことが必然になってきます。

先に、歯科医療に関しては海外に出掛ける前に国内で十分に手当てをしてから任地に赴くべきであると述べましたが、日常の保健管理を十分に行った上で、海外では全員民間保険に入っておくことはこれからの常識と言って過言ではないと考えています。

問題は、何と言っても歯科医療の受診ができない地域での活動の場合。そのような地域は世界中に沢山あり、そのような地域でも多くの日本人が現在活躍を続けているので問題の生じた場合にどう対応したら良いか事前に十分に具体的な方法を示しておく必要があると考えています

「海外での歯科医療の受診」

多くの先進国では、医療費の問題を除けば歯科医療受診に関しての問題がほとんど無いはずです。とは言え、医療というのは医師対患者関係が極めて重要な位置を占めているものであるから歯科医師数だけでは十分ではなく、先輩からのアドバイスを受けたり、先にその地区に居住している日本人からの情報を十分に集めておいて医師選択を誤らないようにするのは当然のことである。

問題は歯科医師の極めて少ない地域ではどうするかと言うことである。先ず、受診をしなくとも良いようにしておくことが肝要である。どうしても我慢ができないような症状の発生した場合には応急の処置だけを受けるようにしておきたいものです。その時には、少なくともその国、地域なりの歯科医師会と連絡をとって適切な歯科医師を予め調べておき、受診できるようにしておくべきです。やはり、日常的な口腔保健管理を十分に進めておき、特別な場合以外は受診をしなくても良いようにしておくことも肝に銘じておいて下さい。

「世界の歯科事情が年々変化している」

世界の事情は年々変化を示してきています。例えばタイ人が開業しているバンコク市内の診療所では患者全体の2/3は日本人であり、日本の約2/3の費用でかなり高度の歯科医療を受けているところもあるので途上国では良い歯科医療が受けられないと決め付けることもできない状況になってきています。歯科医療が必要な場合は、自分に合った歯科医師をどうやって見つけるかを日頃から考えておくと良いでしょう。

最近わが国は国民総生産(GNP)より国内総生産(GDP)が多く用いられていますが世界歯科連盟(FDI)が国民総生産を使用としているので1人当たりの国民総生産で、1999年資料をもとに経済の状況を示すことにしました。医療、特に、歯科医療の状況はその国・地域の経済状況と非常に関係の深いものであるから、人口や歯科医師数を含めて判断することは大事なことであると考えています。

各国の状況を述べる前に、歯科保健医療管理の基本は出発以前に、国内で日常的に進められ、口腔保健状態は、自らの管理によって守る体制ができていることを前提としておきます。

さて、この立場から考えて、いずれの国に駐在していても応急の処置のみであったり、定期的な検査や予防処置で済まされるようでありたいものです。北米においては歯科医療の質は、まず問題ないと考えてよいでしょう。中南米の諸国には多く日本人がおり需要は結構高いようですが、大都市は問題ないとしても辺鄙な地域にあっては受診も容易ではない所が多いはずです。事前の対応又は準備をしておくことが必要でしょう。

オセアニアにあってはオストラリアとニュージーランドを除いて歯科医療が十分である国は見当たりません。

アジア諸国には多くの日本人が現在活躍しており、いずれの国も日本との関係が深いので日本で研修を受けたり、日本で博士号をとっている歯科医師も少なくないことから、当然、日本語の使える歯科医師も少なくないので事前にどこにそのような歯科医師がいるか調べておけば問題は少ないはずです。

いずれの国にあっても同じですが、どの地域であってもトップレベルは少なくとも問題はないものと言えるでしょう。必要に応じてその国の中心的な地域に行って受診することが望ましいと考えられます。

中近東諸国にあっては、実情は十分に知られていませんが、イスラエルを除いて歯科医療に関しては十分に恵まれている地域は無いように思っています。

ヨーロッパにおける歯科医療に関しては、少なくとも問題は無いと言ってもよいでしょう。勿論、すべての国に歯科医療が充足しているとは断言できませんがヨーロッパ連合が成立している状態であり、また、近くに適切な所が見つからなかったとしても、空路によっても、陸路によっても受診の機会を得るのは極めて容易な地域であるからです。

逆にアフリカ諸国はヨーロッパ諸国とは全く逆な国で、これらの諸国内で問題を解決するのではなく、それぞれ交通の便利なヨーロッパのいずれかの国まで行って受診するようにしておくべきでしょう。

ロシア及びその周辺国で活躍している日本人がどの程度いるかわかりませんが、歯科医療の点ではそれ程充実している諸国であるとは考えられません。

「むすびとして-望まれる歯科保健医療の対応-」

歯科医療が必要になった時には、どうしても歯科医師に診てもらわなくてはならないからその時の準備はしておく必要があります。それは自分自身が見つけるというよりは先輩、前任者から引き継げるように心掛けることが大事。そうでなかったら周囲の日本人から情報を早めに得ておきましょう。

しかし、歯科疾患の多くは慢性疾患で、生活習慣病と言われる範疇のものであることから、日常的な取り組みこそ大事であって、海外派遣であるかどうかの問題ではありません。如何に日本の産業界が日常的に歯科保健に取り組んでいかないとということのほうがはるかに大きな問題ですが、歯科疾患は自然治癒がなく、また個人の努力だけで完全に予防できるものではないので、海外に出掛ける前に十分にチェックして、必要な治療は完了してから出発すべきでしょう。

企業によっていろいろな事情もあって日常の歯・口腔の健康管理にまで手が出ないという状況にあるかも知れませんが、あらゆる場面を想定した対応策の準備だけは何とかしておくのが企業側の責任ではないでしょうか。日常の管理がうまくできないならば、すくなくとも海外派遣労働者とその家族には十分な民間保険に加入しておき、指定の医療機関を適切な地域に設定しておくとかなどは最低の義務ではないでしょうか。日本国内のようには世界中の何処をみてもアクセス良い医療機関、歯科医療機関は見当たりません。

急に、日頃の準備も無く海外への中長期の出張が決まった場合、歯・口の手当てまで間に合わないという状況が現時点で起こっても日本の企業の状況からは不思議ではありません。そこで、最低限の提言として挙げておきたいのは、かかりつけ歯科医がいるならばそこで、さもなくば、最寄の歯科医師のもとでできるだけ詳しく検査を受けて、できるだけ役立つ資料(健康情報)を整備しておくことを実行しておくべきでしょう。そうすることによって問題が生じた時に今、最も安く便利なe-mailを使用して医療相談を行い、症状によって対応策を歯科医師と検討が可能であり、応急処置で済むのか、しかるべき所へ行くべきかの指導もなされるでしょう。

たかが歯と思う人は、歯の苦しみを知らない幸いな人でしょう。しかし、されど、歯の苦しみは日常の業務にも非常に大きな影響を及ぼすものであること是非知っておいてもらい、日頃から十分な対策をたてておいてもらいたいと願ってやみません。

「海外での国民健康保険について」

2001年1月より海外でも国民健康保険が使用できるようになりました。

海外療養費給付基準・・・

海外療養費として給付される額は日本国内の病院や診療所で保険診療を受けた場合と同様な額が支払われます。支払われる医療費は支給決定日現在の円に換算されます。

給付対象・・・

日本国内で保険適用になっているものが対象です。美容整形や一般的な歯科矯正は対象になりません。また、治療を目的として出国し、海外の病院等に通院、入院したものも対象外です。海外旅行障害保険等から保険金が出た時でも、海外療養費の減額はありません。

医療費の支払いは・・・

海外では日本の国民健康保険では保険医療を受けることはできません。そこで、海外の病院等で医療費の全額を立て替え払いします。その際、「診療内容明細書」「領収明細書」を1ヶ月単位で書いてもらいます。

医療費の請求は・・・

海外からの「診療内容明細書」「領収明細書」と「療養費支給申請書」を市町村国民健康保険課の窓口に提出します。外国語で作成された書類は日本語で翻訳添付が必要です。国保中央研究所で翻訳してくれます。(翻訳料¥3,500~4,000)
請求には、「上記書類一式」「印鑑」「世帯主名義の口座の判るもの(通帳等)」が必要です。

「海外での労災保険について」

海外で病気や怪我のために病院等で診療や手当てを受けた場合でも、労働者災害補償保険(以下、労災保険と略す)の適用を受けられる特別加入制度があります。

労災保険は、本来、労働者の負傷、疾病、障害または死亡に対して保険給付を行う制度ですが、労働者以外の方のうち、その業務の実情、災害の発生状況などからみて、特に労働者に準じて保護することが適当であると認められる一定の方に対して特別に任意加入を認めているのが特別加入制度です。詳しくは労働基準監督署にお尋ね下さい。

「海外での歯科医療費の目安」

諸外国での歯科医療の実状については、一般的に北米、西欧、北欧諸国を除けば、歯科治療の環境はわが国とかなり異なった状況にあると考えられます。また、各々の国によって保健医療制度や医療保険システムなどが異なるため、受療方法の違いや医療費の支払い方法および負担額にもかなりの違いがあると考えられます。特に歯科医療保険に関しては、自己の責任で払い込み、あらかじめ決められた範囲内での医療給付しか受けられない国や、国が医療保障制度を定めているものの、適用範囲が検査や予防処置主体のため、入れ歯や金属冠は保険の適用外になっている国など、その制度は多種多様。また、同一国であっても、居住地域や歯科医療機関によって歯科医療行為に対する支払額に大きな差が生じる国もあるようである。したがって、諸外国で、日本と同様の水準の歯科医療を日本と同様の負担額で受療することは、まずできないと考えてよいようです。

諸外国の歯科事情を鑑みると、原則として赴任前に歯科治療を済ませておくことが薦められます。赴任命令がでてから赴任までの期間が十分でないことも多く、辞令が発令されてからでは歯科治療のために十分な時間をとることができないケースも多いと思われます。それゆえ、本来、歯・口の健康管理は海外赴任前だけでなく、定期的な歯科健診の受診やかかりつけ歯科医を持つなど日常生活の中での管理が重要になってくることはいうまでもありません。ここでは、主としてわが国でも一般的に行われている歯科治療法の諸外国での経費について、円に換算して示すことにしました。したがって、為替相場によって多少増減することをご承知おきください。またここで示した医療費が当該国の医療保険ですべてカバーされる場合や一部負担金の割合が異なっていたり、外国人(邦人)には適用されないケースもあるので、あくまでも歯科医療費の目安であることをご理解ください。

《アメリカ》

初診料:¥3,000~9,000
X線写真:¥9,000~20,000(口全体)、¥9,000~15,000(パノラマ式)
充填処置:¥9,000~17,000(アマルガム)、¥9,000~20,000(コンポジットレジン)
インレー、アンレー:¥52,000~85,000
クラウン:¥65,000~130,000
金属焼きつけポーセレン(陶材の白い歯):¥65,000~130,000
ブリッジ:¥65,000~130,000(1歯あたり)
部分入れ歯:¥90,000~120,000
総入れ歯:¥130,000~200,000(上または下)

《カナダ》

初診・総合検査料:約¥8,000
X線写真:約¥7,000
歯のクリーニング:約¥10,000

《イギリス》

クラウン:¥8,000~12,000(小臼歯、大臼歯)
部分入れ歯(レジン床):約¥9,500(但し、欠損歯数によって異なる)
部分入れ歯(金属床):約¥16,000(但し、欠損歯数によって異なる)
総入れ歯(レジン床):約¥9,000(上または下)、約¥15,000(上と下)

《スイス》

クラウン:¥70,000~80,000
金属焼きつけポーセレン(陶材の白い歯):¥120,000~130,000
充填処置:¥9,000~17,000(アマルガム)、¥9,000~20,000(コンポジットレジン)
総入れ歯:約¥270,000(上または下)
根管治療と根管充填(歯の根の治療):約¥40,000~80,000

《スウェーデン》

※19歳以下の歯科治療、予防処置は原則として無料

診査料:約¥5,000
無歯顎診査:約¥2,500
X線写真(歯科用):約¥300
X線写真(パノラマ):約¥4,000
歯面清掃(一口腔単位):約¥6,000
抜歯:約¥5,000
根管治療と根管充填(歯の根の治療):¥20,000~40,000
充填処置:¥5,000~10,000(コンポジットレジン)
インレー:¥25,000~42,000
クラウン:¥42,000
部分入れ歯:¥30,000~50,000
部分入れ歯(金属床):¥75,000~90,000
総入れ歯:約¥55,000~

《台湾》

1.保険適用の場合

抜歯:¥2,200~
歯石除去:¥2,200
根管治療(歯の根の治療):¥3,600~10,000
X線写真(歯科用):¥360
X線写真(パノラマ):¥2,200

2.保険適用外

クラウン:¥15,000~36,000
歯周治療(ルートプレーニング):¥11,000
歯周治療(フラップ手術):¥18,000
ブリッジ(1歯欠損の場合):¥43,000~110,000
部分入れ歯:¥72,000~180,000
総入れ歯:¥110,000

《香港》

充填処置(コンポジットレジン):¥3,500~
抜歯:¥9,000~
歯石除去:¥5,500~
歯周治療(フラップ手術):¥18,000
根管治療(歯の根の治療):¥18,000~
X線写真(歯科用):¥700
X線写真(パノラマ):¥5,500
クラウン:¥27,000~45,000
ブリッジ(1歯欠損の場合):¥80,000~135,000
部分入れ歯:¥90,000~
総入れ歯:¥180,000

《シンガポール》

抜歯:約¥20,000
歯肉切除:約¥40,000